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Aquarius-15: Eastern Standard Time (東部標準時間)


大仙古墳(仁徳陵)所在地―日本の大阪府堺市大仙町。これは、事実であり証明されたものです。日本の鍵穴古墳と呼ばれる鍵穴の形をした古墳は、古代のピラミッドマトリックスシステムの一部なのです。この調査は、日本の鍵穴古墳の奥深い謎を見事に解き明かしています。いかにして古代の人々が、彼らのカレンダーと時間に対する考えを、堺市(日本の大阪府所在)の基本的な形の鍵穴古墳と五つの古墳からなる古墳群の中に暗号化して、後世に残したのか。著者カール マンクが述べるように、非凡な才能を持った人によって先行された文明があったのです。古代の人々は、時間について私たちが知っているのと同様に理解していました。多分、もっと深く理解していたと言えるでしょう。
著者:カール・マンク         
        ティム・ハリス
Copyright © 2004

     現代のアメリカでは、東部標準時間は、アメリカ東部とカナダ東部の時間区を示しています。時間区は、イギリスのグリニッジの子午線が標準時間の基準になっています。しかし、このグリニッジ子午線は、ほんの2世紀しか存在していません。それは、前の子午線であるエジプトのギザにある偉大なピラミッドから置き換えられました。勿論、全ての人々は、古代エジプト記も含めてこのことを忘れてしまっていました。
    けれど、この古代の域から遠く離れた人々は、例外でした。先住の日本人は、彼らの小さな列島に毎日昇る太陽は、タヒチ島の最大級のピラミッドで示された国際日付変更線の西側からその太陽を最初に見る多くの国の一民族だと知っていました。
    そのピラミッドは、タヒチ語で“マライ─ポリネシアの祭壇(神聖な場所)” と呼ばれていました。有名な航海者キャプテン・クックは、それを見た最初の外国人で、彼の航海日誌には、ピラミッドの四角形の底辺の長さは、一辺が267フィート、もう一つの辺が87フィートと測定されていました。この二辺の差は、180フィートです。国際日付変更線は、常に主要子午線から180度に位置しています。そして、ギザのピラミッドは、タヒチから180度離れた所にあります。この事からも元の主要子午線は、ギザに位置したのです。
    先住の日本の技術者たちもこのことを知っていました。世界に先駆けて近隣国の民と共に最初に日の出を見ていた彼らは、最も古いカレンダーを私たちに残しておいたかもしれないと考えられます。
    実際に彼らは、残したのです。しかし、現代のカレンダーの数々は、私たちを混乱しつづけています。何故ならば、私たちの時の計算は、彼らのものと違うからです。西洋の私たちにとってカレンダーは、数十世代前、一般的に重要な人物を礼拝するために始まりました。例えば、イエス・キリストの生誕は、キリスト教のカレンダーの始まりで2,003 年前でした。しかし、それは、キリスト教のカレンダーです。他の幾つかのカレンダーは、大きくこれとちがっていて、ヒンドゥー教は、5,107 年前、ユダヤ教は 5,764 年前、オルメック/マヤ人のカレンダーは、10,573 年前に始まりました。標準のものは何もなく、世界共通のものもありません。
    古代人にとっては、黄道帯(または、獣帯、十二宮図。天球の黄道に沿った想像上の帯)の永遠の時計または、歳差運動(25,920 年)がただ一つのカレンダーでした。


1. 全世界は、日本列島に点在する鍵穴古墳とよばれているものに困惑しています。誰もそれらの目的を説明することができません。なぜならば、私たちは、古代のカレンダーを無視しているからなのです。加えて、数学は、鍵穴古墳と黄道帯とを結び付けています。ここに、どうやって先住の日本人が、それらを結び付けたかを説明します。

2. 鍵穴古墳は、とても基本的な二つの幾何学形を表しています。360 度の円と180 度の三角形です。

3. 円と三角形の二つの連続的な線は、平行な底辺の2箇所から斜線を通して円を描く線上の三点で交わって、合計5箇所の交差する点があります。

4. 円と三角形は、鍵穴古墳を形づくっています。単に、設計者の先導に従い幾何学を数学的に使い合わせると、

360度(円)X180 度(三角形)=64,800

5. そして、それを5つの交差する箇所により 5で割ると、

64,800 ÷ 5 = 12,960

    12,960 年は、25,920 恒星年のまさに半分の年であることは確かであります。また、黄道帯の十二宮図の6 周期であり、現時点から遡っておとめ座から水瓶座のはじまりでもあります。
    数学は、充分に解明の手助けとなりますが、しかし、古代の建築家たちは、鍵穴古墳を造る際に本当にこれらのことを踏まえて築いたのでしょうか。数学を使って確認してみようではありませんか。


一つの大きな円の周囲の長さが、12,960 フィートの円を想像してください。それは実際には残されていないので見ることはできません。けれども、時間も同じように誰もみることはできません。
    この事からも、彼らの論理はとても優れていて、同様に彼らの数学、先見性、知識、洞察力、教え方、願望、測量方法も優れていました。
    私たちには、その円を見ることはできないけれど、この円が存在することが解かるでしょう。それは、日本の堺市にある最も大きな三つの鍵穴古墳の周囲に数学で記されたようにそれを見る事ができます。

日本の堺市の 5 つの古墳群



拡大  堺市の地図上の円は、近日カール·マンク氏によって発見されたものです。(円は、マンク氏により描かれています。)なんと優れた調査方法でしょうか、私たちは、ここに証拠を見出します。私たちの知る限りにおいて、日本の考古学者はまだこの事実に気づいていません。
この目に見えない堺市のつの古墳群は、先に述べた、鍵穴の形の連続線上の交差する箇所の数つを確証する一つの方法でもあります。そして、それを補佐する第二の方法があります。全てのピラミッドマトリックスファンが、過去20年にわたって学んでいるように、全ての地球上のピラミッドは古墳も含み、有史以前の整然と編成されたマトリックス測定方法で、地理上の経度緯度に示されています。堺市の古墳は、例外ではありません。

(A) あらゆる古墳の位置は、いつも場所の定数を明らかにしています。西半球では、これらの場所の定数は、いつも無理数の 57.29577951  ラジアン(弧度)を表しています。

(B) しかし、堺市では、有理数の定数を見ることができます。


そして、これが定数 5 を補佐する第二の証明です。
    アメリカでは、このマトリックスシステムの論法に答えるために古代人は、地上に偉大な円を造りました。
    ペルーとヨーロッパで、円は石で造られていて、特にイギリスのストーンヘンジを初めとして、そのいくつかはとても感銘深いものであります。そのすべての円は、容易に見分けることができます。
    それでは、なぜ、日本の円は目に見えない円なのでしょうか。ここに取り上げたように、それらはとても重要なのです。
    私の著書アクエリアスの前編でとりあげた、ギザにある“ GV- ギザヴェクター”もその一つです。その存在を示すものは何一つありませんが、堺市の古墳が時に関連しているように、このギザヴェクターも時に関係しているのです。
    沈黙の時・・・。

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